泣き虫な子は嫌い。でも、無理に治すのは心の傷を作るのでやめてあげてほしい。

泣いている子どもの声イライラした経験はありませんか。

子どもの泣き声って本当にうるさいです。人にとって不快な周波数(ツメで黒板をひっかいたときと同じ周波数)の音が出ているんだとか。

言葉を話せない赤ちゃんにとって泣くのは命を助ける行為なので、仕方がないといえば仕方がないのですが、ずっと聞いているとストレスがたまってしまいます。

毎日毎日ぎゃんぎゃん泣いてしまう子どもに思わず「泣くんじゃない!」「うるさいよ!」って言いたくなりませんか。

でも、泣き虫な子どもにふたをするように「泣くな」と言っても逆効果になるかもしれない。取り返しのつかない心の傷を負わせるかもしれないのです。

『なぜ子供の泣き声が耐えられないのか?』

2016年10月のある日、『わたしはだんだんわたしになる なぜ子供の泣き声が耐えられないのか?』というnoteの記事がTwitterのRTで回ってきました。

※当時は無料だったのですが、現在は読むのに300円かかるようですので、少し詳しく説明します。興味があったら作品を読んでみてください。

筆者akkoさんは、うつ病を患っていた際、向精神薬の多剤大量処方で死にかけてしまったそうです。数年後、相変わらず患者に薬を大量処方する精神治療の現状を変えようとYou Tubeに動画をアップしました。

akkoさんの動画チャンネル「akkoinkolove」は計200万回以上も動画が再生される有名動画チャンネルになりました。『わたしはだんだんわたしになる』は、YouTube総再生回数200万回への道のりを漫画でつづったものです。

動画を作るためにakkoさんが自分の経験を掘り起こしている漫画なのですが、その中のひとつが『なぜ子供の泣き声が耐えられないのか?』という話。

ネタばれにはなりますが、akkoさんは自分が子どもの泣き声が嫌いな理由を自分の過去に見つけます。

子供の泣き声が大嫌いだったのは「泣くな」と叱られてきたみじめな子供時代の記憶を揺さぶられていたからだ

自分は親に「泣くな」と叱られた。泣いている子ども=泣くのを我慢できない悪い子。そんな悪い子が、叱られないでいる状況が、どうしようもなく許せないのです。

泣くことを制止するのは子どもの心を閉ざす

親に「そんなことで泣くんじゃない!!」と叱られた経験、私にもあります。泣き虫だった私は、父にも母にも「泣く子は嫌い」と何度も言われました。

言われる度に余計に泣きたくなって、つらくてつらくてたまりませんでした。

人の前で泣かないように気をつけ、親の前ですら涙をぐっとこらえるうちに、だんだんと私は親に対して自分のことを話さなくなりました。つらくて悲しくて、親に打ち明けたいことがあってもどうしても話せませんでした。

私は話しているうちにきっと泣いてしまう。泣いたら怒られてしまう。

そう思って、親にずっと言えなかったことがたくさん。ちょっとここでは書けないようなヘビーなこともあります。あの頃、親に話せていたらトラウマにならずに済んだのにって思えるようなこと。

だから、知っておいて欲しいです。

子どもの涙をせき止めることで、子どもは心を閉ざしてしまう可能性があるのです。

すぐ泣く人は嫌われやすいけど、泣くことは悪いことじゃない

すぐ泣く人間は嫌われることが多いです。

「甘えている」「泣けば済むと思っている」

『わたしはだんだんわたしになる』には、

親が「泣くな」と叱ったのは、「強い人間になって欲しい」という願いがあったからかもしれない

という記述があります。強い人間は泣かない。つまり、泣く人間=弱い人間だと思われるのです。

泣くことって本当にそんなに悪いことなんでしょうか。たしかに涙を武器にして、厄介事から逃げようとする人もいます。でも、そうではない涙もあります。

かなしい時 ひとはたぶん 泣くことで心の振り子の位置 戻すのだろう

SMAPのアルバム「SMAP 005」に収録されている『涙もろいWoman』という曲の歌詞の一部です。

泣き虫だった私はこの歌詞にとっても救われました。

心の中がぐちゃぐちゃで、うまく片付かなくて泣いちゃうと、「早く片づけなさい」って言われる。そうするとますます部屋の中心にある振り子が部屋を乱していく。

「ひとまず振り子を正しい位置に戻すのが先なんだ、泣けばいいんだ」

そう思ったらすごく楽になったんです。

泣くことは悪いことなんかじゃない。心を安定させるのに、ときには必要なことです。大学の教授には「君は泣き虫だけれど、それは感受性が豊かなんじゃないかな」と言ってもらいました。これもまた、いい意味で開き直るきっかけになりました。

子どもの涙を受け止められるママになりたい

ある程度の年頃になったら人前で泣くことはやめさせた方がいい。それは間違いありません。感動や嬉し泣き、親しい人の死などはともかく、軽々しく涙は人に見せない方がいいです。泣き声は人の心をざわつかせるノイズです。

でも、子ども時代に無理やり押さえつける必要はあるんでしょうか。 集団生活に入っていくことで「人前で泣くことは恥ずかしい」と理解していけばいいんじゃないでしょうか。公共の場では泣かないようにと、徐々にしつけていけばいいのではないでしょうか。

人前では我慢するにしても、家では? 家はつらい気持ちを洗い流す場所にならないのでしょうか。

少なくとも親の前では思う存分泣かせてあげたい。

大人に「泣くな」と言われた時の子どもの心理を『わたしはだんだんわたしになる』では氷にたとえています。

子供に刻まれるのは強さではなくて 自分の痛みや苦しみをいちばん理解して欲しい人に理解してもらえない深い悲しみ

子供の心の苦しみや痛み…たとえばそれが氷のようなものだとしたら…身近な大人が共有してくれたとき子供の心の苦しみや痛みは溶けるんじゃないかな

その通りだと思いました。

私もakkoさんと一緒。自分が「泣くな」と言われてきたから、泣くことを許されている子どもが嫌い。でも「泣くな」と言われた子どもの痛みや苦しみを知っている。

とくに子どもはまだ言葉が発達していなくて、”自分の痛みや苦しみ”をどう表現して発散したらいいのかわかりません。大人が受け止め代弁することで、うまく痛みや苦しみから解き放たれ、成長していけると思うのです。

たとえ大きくなって、自分の涙をぐっとこらえることができるようになったとしても「ママの前でだけは泣いてもいいんだよ」と言えるようになりたい。「ママの前でだけは泣いてもいい?」と子どもの方からSOSを出せる関係でありたい。

泣くことは悪いことではない。涙を見せられるような存在が身近にいることはしあわせなことだと教えてあげたい。そしていつか、ママ以外にもそんな存在を見つけて、しあわせになってもらえたらいいと強く願うのです。

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