「ありがとう」は循環する。夫には謝罪ではなく感謝を伝えよう。

昨日の夕方、1歳の息子が熱を出しました。基本的には様子見で済ますことが多いのですが、胸の音がゼコゼコしているのが気になる。ちょうど夫が休みだったので、娘をまかせて病院へ連れてくことにしました。

問題は家を出るとき、すでに午後5時半だったこと。午後6時に炊飯器はセットしてきたものの、夕飯の準備ができそうにありません。「適当におかずだけ買って食べててください」と病院でメールを送り、結局7時30分過ぎに帰宅。

そこへ飛び込んできた光景に私は驚いて泣きそうになってしまったのです。

ママを助けてくれたパパと娘

私が息子を連れて病院へ行った後、リビングで一人遊んでいた3歳の娘。夫が夕飯のおかずを買いに行くと言っても無視していたそうです。ところが、

「ママが助けを求めてるんだ! ママ、今日夕飯作れないって!」

と訴えたところ、すくっと立ち上がって、「うん、わかった!! 助ける!!」とキラキラ顔を輝かせたんだとか。なんてかわいい。

コンビニへ連れていくと、自ら商品をチョイス。娘はサラダ係です。「きゅうりきゅうり」と言っている娘に「きゅうりはいらない」と言った野菜嫌いな夫。おい。「野菜は大事だよ」と言って、どのサラダにするか一生懸命選んでくれたみたいです。

感動に打ち震えていたため、ピントずれしていてすみません。

コンビニのサラダを盛り付けただけ。でも、レタスミックスの上にポテトサラダを乗せていて、娘なりに工夫したのがわかります。

「ねぇ、サラダ食べてみて! おいしい!?」天使かな。

サラダの他には、コロッケと厚切りハムとパン。そしてチーズ。夫の好きなものばかりを買ってきた感は否めませんが、こちらも頑張って盛り付けたことが伝わってきます。

どこに何が入っているのか把握していない食器棚から、どの食器を使えばいいか考えて、慣れない包丁で厚切りハムを切って、帰りをいまかいまかと待っていてくれたのだと思うと、感動で震えてしまいました。

「ごめんなさい」ではなく「ありがとう」

正直、夫にLINEをしたときには「申し訳ない」という気持ちでいっぱいでした。

いくら病院へ連れていく時間が遅かったとはいえ、その前に夕飯の支度をする時間はありました。「5時半過ぎたら支度すればいいや」と思ってウダウダしていた結果、夕飯の支度もできずに家を飛び出ることになってしまったのです。

いつも帰りが遅い夫は、普段できたてのご飯を食べることができません。魚や揚げ物の日には、固くなったりパサパサだったりするようで、よく残しています。だから休みの日にはできたてのご飯を食べさせてあげたいと思っています。

「帰ったら謝らなきゃ」

そう思っていたのに、私の目の前に現れたのは、「ママ帰ってきたぞ!」「おかえりなさい!!」と笑顔で出迎えてくれるパパと娘の姿。しかも少しドヤ顔。

思わず「ありがとう!!!」と心の底から感謝の言葉が出ました。「夕飯作れなくてごめんなさい」なんて言う必要はない。自慢げに夕飯を見せてくれた二人がそう教えてくれました。

「ごめんなさい」と「ありがとう」は、「謝罪」と「感謝」。同じ「謝」のつく言葉だけれど、意味が全く違います。

両方とも、言葉を放つことに違いはありませんが、「間違いや失敗」に対して単に言葉を述べるのが「謝罪」で、「外からの刺激に対して心が動いて」出てくる言葉が「感謝」なんですね。そう考えると、「謝罪」よりも「感謝」の方が大切な言葉な気がします。

「ありがとう」は、言った方も言われた方も気持ちよくなれる素敵な言葉。どんどん口にしていきたいです。

「助けて」と「ありがとう」をいつでも言える関係を作ろう

夫婦円満のコツ。それは対等であること。

協力を求めて気軽に「助けて」と言い、してもらったことに対して「ありがとう」を伝える。

お互いがそうしていくことで、気持ちよく過ごすことができます。

夫はあまり「ありがとう」を口にする人ではありません。でも、こうやって、さらりと私が喜ぶことをしてくれます。それは普段言えない感謝の気持ちを行動で表しているのだと私は思うのです。本人も無自覚なうちに。

私が心底「ありがとう」と感謝した行動が、夫の「ありがとう」の表れ。なんだか不思議な話ですが、そんな風に「ありがとう」は循環しているのだと感じるのです。

今日も、がんばって働いてきてくれてありがとう。ありがとうと言わせてくれて、ありがとう。

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